【コロナ禍時代の子育て】予測困難な社会を生き抜くには、変化を前提に学び続けることが大切

学び続けることが大切 高校生・保護者

ホームページをご覧いただきありがとうございます。
サポーターの みちとも と申します。
15年間、通信エンジニアとして一部上場企業で働き、17年間、高校の教師として生徒と保護者をサポートしました。
今後、これらの経験を基に、子育てに役立つ、企業や学校に関する情報を発信します。子育てについて考える親御さんをサポートしていきます。

最初のテーマは、「予測困難な社会で子供を育てるために必要なこと」です。

今、私たちの子供は、予測困難な社会(時代)の真っただ中にいる。

1月16日のNHK NEWS WEBを見ました。
すると、注目ワードの上位3語に「新型コロナウイルス」、「新型コロナ 国内感染者数」、「新型コロナ 経済影響」が挙げられていました。
納得ですね。
でも、これらの注目ワードの記事数が全体の7割以上を占めていました。
これには、驚きです。
このデータは、今、私たちの子供が、コロナ禍に包まれた予測困難な社会(時代)の真っただ中にいることを改めて示しています。

予測困難な社会(時代)は、約10年前にはもう認識されていた。

調べてみたら、この予測困難な社会(時代)は、約10年前にはもう認識されていました。
平成24年3月の文部科学省の資料に、「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力をはぐくむ大学へ」という資料がありました。
その中では、予測困難な社会(時代)には、「変化に対応したり先端的な活路を見いだしたりする」力が求められることが指摘されています。

予測困難なことは、いつでも、どこでも、誰にでも起きます。(私の体験)

予測困難なことは、いつでも、どこでも、誰にでも起きます。
コロナ禍だけではありません。
私は、周りの誰もがあり得ない(自分自身も、ほとんどない)と思っていたことが起きた経験をしました。

東日本大震災の際の原子力発電所からの放射能漏れです。

私は、大学時代に光ファイバーについて研究していました。
光ファイバーは、内視鏡や通信回線に使われています。
映像などの情報を光で大量に速く伝えることができます。
でも、この便利な光ファイバーには、放射線が当たると光が通りにくくなる性質があります。
そのため、放射線に強い光ファイバーの基礎的な研究をしていました。

自分の研究が少しでも役立つかと思い、就職活動で電力会社の面接を受けたときのことです。
面接官は、「大学での研究がどんなことに役立ちますか?」と質問してきました。
私は、電力会社でも役立つことがあることを、放射線が光ファイバーに当たった時の現象を具体的に答えました。

でも、当時、絶対に放射線が漏れることはないと電力会社は言っていました。
その会社の面接官です。
放射線が漏れた場合の影響について研究してきた学生の言うことを認めるわけがありません。
結局、面接官を怒らせてしまい、面接を落とされました。

大学に戻ってからも、科の先生たちから“私が変わっている”ように扱われました。
私の周りには、原子力発電所から放射線が漏れることなど想像する人は誰もいませんでした。

それから約20年後、実際に原子力発電所で放射能漏れが起きました。
電力会社では光ファイバーを使って事故現場の様子を撮影していました。
映った画像は、放射線の影響で不鮮明でした。

誰も予測できなかったことが、約20年後の私は起きました。

予測困難な社会(時代)は、これからも続きます。

先に挙げた文部科学省の約10年前の資料では、予測困難な背景として、「経済のグローバル化」、「少子高齢化」、「情報化」を挙げています。
そして、現在の私たちは、「コロナ禍」を付け加えるでしょう。
一つ一つの背景は、影響の及ぶ範囲、個人生活への影響の仕方、変化のスピードなど、皆、異なります。
でも、これまでの時代、私たちの生活の変化を振り返れば、今後も予測困難な社会は続くと考えるべきです。私たち、そして私たちの子供たちは、これからも予測困難な社会を生き抜くことが求められるでしょう。
AI、スーパーコンピューターなどの情報技術の発達で、未来を予測できるように錯覚しがちです。
部分的にこれから起こることを予測することは可能でしょう。
でも、私たち一人一人が生きている時間、場所、自然環境、人間関係、経済などすべて異なり、また、刻一刻と変化しています。どんなに情報化が進んでも私たちの身の回りの状況すべてを予測することができるわけがありません。
私たちは、これからも予測困難な社会(時代)に生きることを前提にすべきだと思います。

予測困難な社会(時代)を生き抜くために必要なこと(文部科学省)

文部科学省は、学習指導要領改訂に込められた思いとして「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしい。」と述べています。

平成29・30年改訂学習指導要領のくわしい内容:文部科学省 (mext.go.jp) 

予測困難な社会(時代)を生き抜くために、私がやってきたこと

では、「予測困難な社会(時代)」を生き抜くためには、具体的にどうしたらいいでしょう。
私も、「予測困難な社会(時代)」を生き抜いてきた一人です。
そこで、私の場合を簡単に紹介します。

通信エンジニアとして企業で働いた15年間

電子回路基板の設計から始め、通信装置の開発、通信ネットワークの構築を行い、退職時にはマネージャーとして業務・経営・人事管理などもしました。
毎日、期日を守るために、部下、上司、社内関連部門との調整、顧客対応、長時間の業務に追われていました。
経験を積むにつれて、突発的なことに柔軟に対応しなければならない業務(予測困難な業務)が増えました。
そのうち、多くの予測困難なことに対応する業務に受け身の姿勢で仕事をしていて、心も体も消耗してしまいました。

とうとう、行き詰まってしまいました。
そのとき開き直って異動希望を出しました。
新規部署でも、目の前の業務上の課題や予測困難なことに対応する業務はたくさんありました。
それでも、多くの関係者から仕事を学び、関係者に迷惑をかけないように考え行動しました。

しかし、家庭と自分の将来を考えて会社を辞めることを決断したとき、気が付きました。

会社内で通用する技術、仕事のノウハウ、人脈、信用は十分にありました。
でも、「○○○(会社名)の みちとも です。」と社外で名乗る時の、「○○○(会社名)」が無くなった時、他人に自分を認めさせる資格や社外に通じる実績がありませんでした。

そのため、退社を決意してからは、資格取得に励みました。

教師としての17年間

大学時代に取得していた教員免許を活用して1年間の臨時講師を経て、翌年、教員採用試験に合格して採用されました。40歳を超えての採用です。その年の採用の中で、最高年齢でした。

教員になってからも、毎日が勉強でした。
授業の仕方、学級運営、生徒指導など参考書やWebにはたくさん基礎的な情報があります。
でも、本やWebで勉強したことだけでは、実際の生徒を相手にすることなどできません。
より多くの先生方の生徒対応をよく観察して、いいことは取り入れるように努力しました。

さらに、自分が学んだこと、工夫したことを、論文にまとめ、研究発表を積極的に行いました。(詳細は、プロフィールをご覧ください)

私が考える、予測困難な社会(時代)を生き抜くために必要なこと

企業での経験で気が付いたのは、変化が激しく予測困難な社会では、主体的に社会に向き合うことが大切なことした。
逃げていては、逆に、劣等感で自分自身を攻撃してかえってつらくなりました。
これ以上悪くなることはないと開き直って、自分で道を選ぶ能力が必要だと思います。

そのような判断をするためには、変化を前提にして学び続けること、あるいは学びなおすことが必要です。
私は企業人から教員になり、学びなおしました。
変化を前提に学び続け、あるいは、柔軟に学び直すことができることが大切だと実感しています。

今後、私が考える「予測困難な社会(時代)」を生き抜くために必要なことを具体的になるようにするにはどうすればいいかお話したいと思います。

最後まで、読んでいただきありがとうございました。

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